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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)33号 判決

原告 マシュラキ・ワヒード

被告 法務大臣

代理人 前澤功 鮫島俊治 ほか九名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し平成九年一月一四日付けでした、在留資格の変更を許可しない旨の処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、日本人女性と結婚して出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)二条の二及び別表第二所定の「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本邦に在留する外国人男性である原告が、右女性と離婚したため日本人の配偶者ではなくなったが、右女性との間にもうけた娘との面接交渉等のためには本邦に在留することが必要であるとして、法二〇条二項に基づき、被告に対し、法二条の二及び別表第二所定の「定住者」あるいは「永住者の配偶者等」への在留資格変更の申請をしたところ、被告がこれを不許可としたため、原告が、右不許可処分を不服として、その取消しを求めている事案である。

二  前提となる事実(証拠等を掲げた事実以外の事実は、当事者間に争いがない。)

1  当事者

原告は、一九七二年(昭和四七年)一一月一九日に出生したパキスタン・イスラム共和国(以下「パキスタン」という。)の国籍を有する外国人である。

原告の両親は現在も健在であり、パキスタンで生活をしている。原告は六人の兄弟姉妹の五番目の子であり、六人のうち原告とアメリカにいる一人を除き、他の兄弟姉妹は同じくパキスタンで生活をしている(〈証拠略〉)。

2  前回の入国の経緯等

(一) 原告は、昭和六三年一一月一三日、新東京国際空港に到着し、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田支局入国審査官から、平成元年法律第七九号による改正前の出入国管理及び難民認定法四条一項四号所定の在留資格により、在留期間を一五日とする上陸許可を受けて本邦に上陸した(〈証拠略〉)。

(二) 原告は、昭和六三年一一月二九日、東京入管浦和出張所において、在留期間の更新許可申請を行い、同日、在留期間を一五日とする更新の許可を受けた。

原告は、右在留期間の満了日である同年一二月一三日の経過によって本邦に不法に残留することとなった。

(〈証拠略〉)

(三) 原告は、平成三年六月五日、日本人戸塚明美(昭和三九年六月二四日生。以下「明美」という。)との婚姻届を小平市長に提出して婚姻した(〈証拠略〉)。

(四) 原告は、平成三年七月二六日、東京入管に出頭し、不法残留している旨を申告したため、同入管において、原告について法二四条四号ロ該当容疑で退去強制手続が開始され、同年八月二日、東京入管主任審査官は、原告に対し退去強制令書(以下「退令」という。)を発付し、原告は、同月六日、退令の執行を受け、新東京国際空港からパキスタンへ送還された。また、明美も、同日、同空港から出国した。原告と明美は、パキスタンのカラチで原告の両親及び妹と二か月ほど一緒に暮らし、その後イラン(テヘラン及びヤズド)に行き、原告の叔父のところで一緒に生活した。

(〈証拠略〉)

3  今回の入国の経緯等

(一) 明美は、原告との間の子を妊娠したため、平成三年一二月一九日帰国し、平成四年五月二三日、東京都新宿区において長女アニータ(同女は、平成八年一二月三日、戸籍法一〇七条の二に基づき、家庭裁判所により「アニータ」から「あい」への名の変更が許可された。以下「あい」という。)を出産した(〈証拠略〉)。

(二) 原告は、平成四年七月一一日、新東京国際空港に到着し、東京入管成田支局入国審査官に対し、明美及びあいと本邦において生活するためとして上陸申請をしたが、法五条一項九号(本邦からの退去を強制された者で退去した日から一年を経過していないもの)に該当することから口頭審理に付された。同局特別審理官は、同日、法七条一項四号に定める上陸のための条件に適合しない旨の認定をし、原告に対しその旨を通知した。原告は、右特別審理官の認定に服さず、被告に対し異議の申出をしたところ、被告は、在留資格を「日本人の配偶者等」、在留期間を六月とする上陸特別許可をし、これにより原告は本邦に上陸した。原告は、以後五回にわたって右在留資格のまま在留期間の更新許可を受けた(最終在留期限平成八年七月一一日)。

(〈証拠略〉)

4  原告と明美との生活状況、離婚判決等

(一) 原告、明美及びあいは、明美の東京都新宿区大久保二丁目二六番五号所在の両親の家に同居していたが、その後、平成三年一一月ころ、東京都小平市小川西町五―三四―一三に家を借りて住むようになった。

原告は、エアコンの工事、産業廃棄物処理の運転手等をして働き、産業廃棄物処理の運転手や段ボール回収の仕事をしているときは手取りで月約三一万円の収入を得ていた。原告は、明美に対し、小遣いとして月五万円程度渡していたが、生活費としては一日当たり一〇〇〇円から二〇〇〇円程度しか渡さなかった。他方、原告は、パキスタンに住む両親に対し、時々送金をしており、その金額は、月に六万円ないし八万円のときもあった。

原告は、文化や生活習慣の違い等から、明美との意思疎通を十分にとることができなかった。また、日本での生活に慣れないこともあり、感情の起伏が激しく、仕事がなく、あるいは仕事がうまくいかないこと等により機嫌が悪くなると、極端に口数が少なくなり、明美に対し陰険な態度をとることが多く、また、明美に対し、冗談とも本気ともつかない調子で、「ポルキー(ウルドゥー語で怠け者という意味)」とか、「お前は何故働かない。」、「金がない女はいらない。」などと言った。明美は、原告のこのような発言、機嫌の悪いときには口を全くきかなくなるなどの陰険な態度に嫌気がさし、平成六年七月にあいを連れて前記の明美の実家に移り、原告とは別居状態となった。離婚後は、明美は働きながら独立した生計を営み、あいを監護・養育している。

(〈証拠略〉)

(二) 明美は、平成六年八月一六日、東京地方裁判所に対し、原告との離婚を求める訴訟を提起したが、調停前置主義に反することから調停に付され、東京家庭裁判所において、明美と原告の夫婦関係調整調停申立事件(平成六年(家イ)第六四五九号)として調停が行われた。しかし、右調停は不調に終わった。一方、原告は、明美を相手方として、東京家庭裁判所に、子との面接交渉に関する調停を申し立てた(平成七年(家イ)第八二一号事件として係属)。そして、平成七年七月一一日の調停期日において、両者間に、明美は原告に対し、あいとの面接交渉を、同月から当分の間、次の方法により行うことを認める旨の合意がされた(以下、この合意を「本件調停条項」という。)。

(1) 回数   月一回

(2) 場所   原則として新宿御苑とする。それ以外の場所により行うときは当事者双方協議して定める。

(3) 面接時間 一回につき一時間

(4) 面接交渉の具体的な日時、方法については、当事者双方が事前に協議して定める。

(5) 面接に際し、相手方及び相手方の親族の立会いを妨げない。

(6) 面接に要する費用は当事者が各折半して負担する。

(〈証拠略〉)

(三) 平成七年一二月二五日、東京地方裁判所において、右離婚請求事件(東京地裁平成六年(タ)第五〇一号)について、明美と原告とを離婚し、あいの親権者を明美と定める旨の判決が出された。右判決は、平成八年一月二〇日に確定した(〈証拠略〉)。

5  在留資格変更申請及びこれに対する不許可処分

原告は、平成八年七月九日、東京入管において、在留資格変更許可申請書の「希望する在留資格」欄(16欄)に、「SPOUSE OR CHILD OF PERMANENT RESIDENCE/LONGTERM RESIDENCE(永住者の配偶者等/定住者)と記載して、明美の戸籍及び除籍事項の記載証明等を提出して在留資格変更の申請をした(以下、この申請を「本件申請」という。)。なお、原告は、右申請書の「変更の理由」欄(17欄)には、「AS A FATHER OF CHILD ALSO WANT TO TAKE AND MEET WITH HER、AND IN FUTURE WANT TO WORK HARD FOR HER AND FOR MY FAMILY」(子の父親として彼女の世話をし、彼女に会い、将来、彼女と自分の家族のために一生懸命働きたい。)と記載し、「具体的な在留目的」欄(19欄)には、「AS A FATHER OF MY CHILD、AND IS NECESSARY TO STAY IN JAPAN、TO TAKE CARE OF HER AND WANT TO MEET HER、AND IT’S TOO HARD、IF I GO BACK MY COUNTRY SO I CAN’T AFFORD MONEY、SO IT’S BETTER TO STAY IN JAPAN、SO I CAN MEET MY DAUGHTER ALSO、AND IN FUTURE MAYBE I WILL TAKE MY CHILD TO MY COUNTRY、ALSO WANT TO WORK HARD FOR MY FAMILY AND FOR MY CHILD、AND IT’S LONG TIME I STAY IN JAPAN、SO I LOVE JAPANESE PEOPLE、ALSO I CAN’T LEAVE MY CHILD IN JAPAN」(私の子供の父として、そして彼女の世話をしたり彼女に会いたいため日本に居ることが必要です。そして、もし私が私の国に帰るなら困難すぎるので、お金を提供することができません。だから日本に留まっていた方がよい。そうすれば私は私の娘に会えるし、将来的には多分私は私の子供を私の国に連れてゆく。また、私の家族と私の子供のために熱心に働きたい。そして私は長い間日本に滞在していて、私は日本の人々を愛している。

また、私は日本に居る私の子供と別れることができない。)と記載した。

東京入管入国審査官は、同年一〇月三一日、原告から本件申請について事情聴取を行い、被告は、平成九年一月一四日付けで、本件申請について、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由がないとして不許可とし(以下「本件不許可処分」という。)、その旨原告に対し通知した。

(〈証拠略〉)

三  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、本件不許可処分が適法であるか否かであり、この点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

1  原告の主張

(一) 本件不許可処分は、被告に与えられた裁量権を逸脱してなされた違法なものである。

(1) 原告の在留資格変更申請に対する被告の裁量権について

ア 被告は、「定住者」としての在留資格に関して、上陸申請において許可される場合と在留資格の変更申請において許可される場合とにおいて要件は同一であるとしている。

しかし、上陸許可の場合は、「我が国に入国する以前の場合で我が国において何らの生活の拠点を持たない者が定住者として在留することを許可することが妥当か」という観点から「定住者」の資格の適否を判断するのに対し、在留資格変更の場合については、「既に本邦に在留し、一定の社会文化活動をしている者が、その社会生活の中で定住者と認められるべきか」という観点から判断されるのであるから、両者における「定住者」の概念、「定住者」の在留資格該当性についての認定の可否が違ってくることは当然のことである。にもかかわらず、両者の本質的な差違を無視し、一方的に「整合性」を保つためとして、上陸目的の場合の定住者の概念をもって在留資格変更申請の場合に適用する被告の論理には誤りがある。

しかも、被告の見解によっても、これから入国しようとする者と一定の範囲で日本で生活している者との間では、「定住者」の在留資格に該当するか否かの判断に明確な区分が設けられているのである。その具体的な表われの一つが、日本人と結婚した後、離婚して、日本人の子供を扶養している親に「定住者」の在留資格を認める場合であり、現在、当局は、このようなケースについてはほとんど例外なく「定住者」の在留資格を認めているのであって、実務においては右のようなケースが新たに「定住者」の在留資格を認める一つの類型として追加され、この範囲で行政庁の裁量権は収縮した(ゼロ裁量)と考えることができるのである。

このように、「定住者」の概念は必ずしも一定なものではなく、その時代の要請に応じて徐々にその範囲が拡大していく傾向にあるのであり、原告のような父親、特に親権を有しない父親が子供の監護・養育に関与する場合にも、「定住者」の在留資格を与える取扱いは今後認められていくべきものと考えられる。

イ そこで、日本人の子供を養育している外国人の母親と、本件のように日本人と結婚した後離婚し、日本人が親権を有して養育している子供に対し養育費を送ることによって一定の範囲で現実の養育義務を果たしている外国人との間に、定住者の在留資格の付与に関しての径庭があるかについてみるに、被告が「定住者」の在留資格の範囲を拡張し、裁量権を収縮させた根拠はいうまでもなく人道的な見地であり、親子を離ればなれにさせないという点にあるところ、親子を離ればなれにさせないという点では、両者の間に径庭はないというべきである。

(2) 以下に述べるとおり、被告が本件不許可処分の根拠として主張している事実についてはいずれも根拠がなく、原告に対して在留資格を与えないことは人道上著しく妥当性を欠くものであり、本件不許可処分は、被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱しているというべきである。

ア パキスタンと日本との往復の渡航費用は一〇万円以上であり、本件不許可処分に従って一旦帰国すると、原告がどんなに努力しても来日するのはせいぜい数年に一度程度しか望めない結果になるのであり、本件不許可処分は、原告のあいとの面接交渉権を事実上侵害するものであり、著しく不当である。

原告は、明美を相手方として、家庭裁判所にあいとの面会交渉を求める調停をこれまでに二回申し立て、最初の調停においては十数度、あいに面会し、あいの成長を見守っている。また、本件訴訟継続中にも二回面接交渉を行い、あいの成長を確認している。また、かつての配偶者明美は、今後の面接交渉について、原告が在留資格を得ることを条件としているところ、あいと原告との関係は良好であり、あいの福祉のために原告との面接交渉を制限する理由は見当たらないことから、今後も原告にあいと面会できる地位を与えることがあいの福祉上必要不可欠であることは経験則上明らかと考えられる。

被告は、面接交渉権が極めて弱い権利である旨主張するが、面接交渉権の権利性についてはほとんどの学説、判例がこれを認めており、子供との面接は監護する機会を与えられない親として最低限度の要求であり、親の愛情、親子の関係を事実上保障する最後のきずなであって、重要な権利であるという見解もあるし、また、親の権利としての側面だけでなく、子供の側からみても重要な権利であるという指摘もある。子供の権利という側面からみた場合については、子供が親と交流することは子供の人格形成、精神発達に有益・必要な面を有するという認識の下に、親との交流を通して精神的に成長発達する、子供が生まれながらに持っている権利とする見解があり、この側面からは親が子供の権利に対応して子供と交流する義務を負うという見解すら存在するのである。

イ 原告はあいに対し、別紙二〈略〉記載のとおり、平成六年一〇月二五日から今日に至るまで定期的に一定の金額を送金しており、これが日本人であるあいの生活を経済的に大きく支えている。あいはこのお金によって子供としての権利を享受しているところ、あいのこの権利は、原告が在留資格を与えられて始めて実現可能となるものである。いうまでもなく、原告が本国に帰れば、原告の子供に対する養育義務は事実上放棄され、日本人であるあいの福祉を害するのである。被告は、パキスタンからも養育費の送金ができる旨主張するが、パキスタンからの送金は当然パキスタン国内での収入を基にした送金であり、仮に原告がパキスタン国内において就労すると、月一、二万円の収入を上げることがやっとであって、原告からあいへの送金は最大でも月四〇〇〇円位にしかならず、結局のところ日本にいるあいの養育を受ける権利は侵害されることになる。

(二) 以下に述べるとおり、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権B規約」という。)に照らせば、原告に対しては日本に滞在するために一定の在留資格が与えられるべきであり、本件不許可処分は同規約一七条、二三条、二四条に違反することが明らかである。

(1) 昭和二三年一二月一〇日の世界人権宣言を経て、昭和四二年三月二三日、法的拘束力のある国際人権B規約が発効した。同規約は、我が国においては昭和五四年六月二一日批准され、同年九月二一日発効し、裁判規範として裁判を通じてその国内的実施が図られている。

(2) 国際人権B規約二三条は、家族の自由について定めており、同条一項は「家族は社会の自然且つ基本的単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する」と規定している。親がその子供と自然に面接交渉する権利をも同条は保障しているものと解せられる。すなわち、親子が別居している場合でも、家族の自然の権利として、親は子供と面接をし、また子供は親に会う固有の権利を有しているもの(同規約二四条)と解することができる。

右二三条及び国家の家族に対する恣意的又は不法な干渉を禁止している同規約一七条の精神に照らして、原告及びその子供の権利を保障するために、原告に対しては一定の在留資格が付与されるべきである。

(3) 国際人権B規約四〇条四項は、「(人権)委員会は、この規約の締約国の提出する報告を検討する。委員会は、委員会の報告及び適当と認める一般的な性格を有する意見を締約国に送付しなければならず、また、この規約の締約国から受領した報告の写しとともに当該一般的な性格を有する意見を経済社会理事会に送付することができる。」と規定している。右にいう「一般的意見」は、理論的には特定の権利侵害についての救済をなすものではないが、国際人権B規約の各条項を詳論し、その意味と適用範囲を明確にするものであり、その解釈は極めて高い権威を有しているばかりでなく、人権委員会自身によって、単なる提言ではなく、同規約に適合するか否かを判断するための基準であると位置付けられている。

ところで、国際人権B規約二三条は、婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻し、家族を形成する権利を認めているところ、人権委員会の一般的意見(平成二年六月二四日採択)は、右規定は、家族形成権を保護するため締約国が一定の措置とるべきことを要請するものであるが、「家族が別居している場合に、その一体性又は再結合を確保するに適当な措置をとることも意味している。」としている。また、同条は、締約国は、婚姻中及び婚姻の解消の際に、婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するため、適当な措置をとる旨定めているところ、右の一般的意見は、一方の配偶者は家族の中で平等の権利・責任を持つべきであり、この平等の権利・責任という中には子の教育問題等が含まれているとされている。

原告はあいに対する父親としてその教育等について元配偶者である明美と同様に子供に対して必要な措置を講じる平等の権利を持っているのである。原告が右権利を実現するためには日本に滞在し、あいと一定の面接交渉をすることによってその権利を実現することが必要不可欠であり、日本にいなければこの権利は形だけのものとなってしまうのである。

しかも、原告は、本件調停条項により月一回、一回につき一時間の面接交渉を認められており、この権利は被告が主張するように「弱い権利にすぎない面接交渉権」ではなく、原告は子供であるあいに対して具体的な権利として面接交渉権を有しているのである。そして、一度原告が本国に帰国すれば、来日するために多大の渡航費用がかかるばかりではなく、現在の入国管理審査の下では、原告が日本に入国し滞在することは不可能に近いのであって、原告が右権利を実現することは著しく困難となる。原告が右権利を実現するために日本に滞在するか本国に帰国するかは、原告の判断に任せられるべき事柄であり、被告がその裁量により決定できる問題ではないというべきである。

2  被告の主張

(一) 在留資格変更申請の許否についての被告の裁量権

(1) 国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは、当該国家が自由に決定することができるものとされている。憲法二二条も右とその考えを同じくするものであり、したがって、憲法上、外国人は我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求し得る権利を保障されているものではないのである。

法は、かかる原則を踏まえ、我が国に入国・在留する外国人は、必ず何らかの目的を遂行するために我が国に入国・在留するのであるから、その入国・在留の目的が法の定めるところに合致する場合に限り、その外国人の入国及び在留を認め得るとするとともに、我が国に在留する外国人の在留資格の変更に関しても、被告がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしており(法二〇条一項、三項)、在留資格の変更の許否を被告の裁量にかからしめているのである。

(2) 法二〇条三項本文にいう「在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由」が具備されているかどうかは、外国人に対する出入国及び在留の公正な管理を行う目的である国内の治安と善良な風俗の維持、保健衛生の確保、労働市場の安定など国益の保持の見地に立って、申請者の申請理由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情を総合的に勘案して的確に判断されるべきである。そして、このような多面的専門的知識を要し、かつ、政治的配慮も必要とする判断は、事柄の性質上、国内及び国外の情勢について通暁し、常に出入国管理の衝に当たる被告の広範な裁量にゆだねられているものと解される。

被告の裁量権の右のような性質にかんがみると、裁判所が被告の裁量権の行使としてなされた在留資格の変更申請の許否の判断が違法となるかどうかを審査するに当たっては、被告と同一の立場に立って在留資格の変更をすべきであったかどうかについて判断するのではなく、被告の第一次的な裁量判断が既に存在することを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があるなどにより右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念上著しく妥当性を欠いていることが明らかで裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められるかどうかを基準に判断すべきことは明らかである。すなわち、在留資格の変更の許否の判断が違法となるのは、右判断が全く事実の基礎を欠き、あるいは、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど、被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はその裁量権を濫用した場合に限られるというべきである。

(3) ところで、外国人の在留資格の変更申請が許可されるためには、前記(2)で述べた当該外国人の在留状況等諸般の事情を考慮して、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由が認められる(法二〇条三項)ことが必要である。被告が右の相当の理由の有無を判断するに当たっては、在留資格の変更にあっては、当該外国人が希望する在留資格についての在留資格該当性(当該外国人の行おうとする活動が法別表第一に類型化された活動又は法別表第二に類型化された身分若しくは地位を有する者としての活動に該当することをいう。以下、同様の趣旨で用いる。)を有するか否かについて判断し、在留資格該当性が認められる場合に、さらに、右の在留資格該当性を除くその他の諸般の事情を考慮した上で在留資格の変更を認めるのが相当であるか否かを判断することになるものである。

(二) 在留資格としての「定住者」の意義

法は、我が国への入国・在留を認めるべき外国人について、外国人が我が国で在留中に従事する活動又は在留中の活動の基礎となる身分若しくは地位に着目して類型化した二七種類の在留資格を定め、在留資格として定められた活動(法別表第一)又は身分、若しくは地位を有するものとしての活動(法別表第二)を行おうとする場合に限ってその入国・在留を認めることとしている。そして、法によれば、在留資格のうち法別表第二の「定住者」については、当該活動の前提となる身分又は地位として「被告が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」と規定するとともに、右の在留資格をもって上陸しようとする外国人については、当該外国人が、被告からあらかじめ告示をもって定める地位を有する者としての活動を行おうとする者でない限り、入国審査官は上陸許可の証印を行うことができないこととされており(法七条一項二号、九条一項)、法七条一項二号の規定を受けて「出入国管理及び難民認定法第七条第一項第二号の規定に基づき同法別表第二の定住者の項の下欄に掲げる地位を定める件」(平成二年法務省告示第一三二号。以下「本件告示」という。)が定められている。

右規定によれば、本件告示に定める地位に該当しない者は、法七条一項二号にいう「定住者」として予定されているものではなく、法が、右の者については、原則として上陸を認めない趣旨であることは明白である。すなわち、本件告示は、「定住者」の在留資格で上陸を許可すべき外国人を類型化して網羅的に列挙しているのであり、逆に、本件告示に定める地位に該当しない者は、原則として「被告が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」として上陸が許可されるべき者には該当しないものということができる。

ところで、上陸申請において許可される場合と在留資格の変更申請において許可される場合とがあまりに整合性を欠くことは、外国人の出入国ないし在留全般を公正に管理するという本来の法の目的にも抵触しかねず、また、本邦における外国人の地位を極めて不安定にするなどの点で適当ではないから、右在留資格の変更申請の許否の判断においても、本件告示の内容・趣旨は十分に尊重されるべきである。したがって、本件告示に定める地位に該当しないことは、在留資格の変更申請を許可し難いとする方向に働く大きな要因となると解すべきである。

(三) 本件不許可処分の適法性

原告は、本件申請書の希望する在留資格欄に「SPOUSE OR CHILD OF PERMANENT RESIDENCE/LONG TERM RESIDENCE」(永住者の配偶者等/定住者)と記載し、本件申請をしたものであるが、「永住者の配偶者等」の在留資格を付与されるためには、「永住者の在留資格をもって在留する者若しくは平和条約国籍離脱者等入管特例法に定める特別永住者の配偶者又は永住者等の子として本邦で出生しその後引き続き本邦に在留している者」であることを要するところ、原告は右のいずれにも該当せず、原告は、「永住者の配偶者等」の在留資格該当性が認められるための前提を欠いている。

また、原告の地位が、本件告示に定める地位のいずれにも該当しないことは明らかであり、結局、本件不許可処分の適否は、本件告示に適合しないにもかかわらず、人道上の配慮等から「定住者」の在留資格該当性を認めるべきか否かについての裁量判断の相当性いかんにかかるものというべきところ、次に述べるとおり、原告に右在留資格該当性を認めるべき特段の事情は認められないのであって、被告が、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由がないと判断した本件不許可処分に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用はない。

(1) 原告は、本件申請において、あいの世話をし、将来家族のために働きたい旨申し立てているが、あいを直接監護・養育するのは、原告ではなく親権を有している明美であり、まして、親権のない原告が、親権のある明美に代わってあいを監護・養育しなければならない理由に関する資料等は何ら提出されていなかった。また、養育費の送金はパキスタンからでも可能であり、原告が本邦に在留し稼働することによって、あいの養育費を調達しなければならないという理由は見当たらない。

(2) 原告は、本件不許可処分時において、前回及び今回の入国とを併せれば、通算して約八年間の本邦在留歴を有していたものの、そのうち前回入国した昭和六三年一二月一三日から平成三年八月六日までの二年八月余りの間は、不法就労目的で計画的に居座り、不法残留していたものである。また、原告が平成四年七月一一日に今回入国してから明美と本邦において実質的に婚姻生活を営んだのは、別居に至る平成六年七月までの約二年間にすぎないものである。

(3) 原告は、本件不許可処分時の一月以上前である平成八年一二月四日、腰椎捻挫、腰椎々間板損傷の疑いにより通院中であったが、当該疾患は、向後約三月間の加療を要するものの、本邦で加療が必要なものとまではいえない。また、原告は、一九七二年生まれの成人であり、パキスタンには、両親や兄弟等がおり、帰国したとしても母国での生活に特段の支障はないと考えられる。

(4) 原告は、労働者災害補償保険の療養・休業補償給付として月約三二万円を受給していたが、この受給は海外においても可能である。

(四)(1) 原告は、パキスタンと日本との往復の渡航費用は一〇万円以上であり、本件不許可処分に従って一旦帰国すると、再入国は原告がどんなに努力しても来日するのはせいぜい数年に一度程度しか望めない結果になるのであり、本件不許可処分は、原告のあいとの面接交渉権を事実上侵害するものであり、著しく不当である旨主張する。

しかしながら、原告は、本件申請において、あいとの面接交渉権については何ら明らかにしていなかったものである。また、面接交渉権とは、親権者として若しくは監護者として、みずから実際にその子を監護・養育しない方の親が、その子と個人的に面接したり文通したりして交渉する権利であるところ、その権利性については従来から議論があり、面接交渉権を認める立場に立っても、子の福祉の観点から制約を受けることは当然とされている。このように、面接交渉権は、子と生活を共にすることが通常想定される、子の監護・養育にあたる親権者の親権とは異なり、権利性が極めて弱いものというべきである。そのような弱い権利にすぎない面接交渉権の存在は、原告の在留資格を判断するに当たって、重要な要素となるべきものではない。

仮に、原告のあいとの面接交渉権を考慮するとしても、本件不許可処分により、原告が帰国を余儀なくされた場合においても、原告は、新たに「短期滞在」の在留資格を付与されて我が国に入国することが可能であり、何ら本件不許可処分が原告のあいとの面接交渉権自体を侵害することにはならない。

渡航費用が一〇万円以上かかるという原告の主張は何ら根拠がないし、原告が面接交渉権を行使するため、渡航費用にある程度の制約が生じるとしても、やむを得ないものである。また、原告の供述を前提としても、原告が行っている中古車販売業は、手形決済をする位の規模であり、原告は、現在一〇〇万円位の貯金があること、現在、原告は、岩手県宮古市磯鶏西四番一八―一〇二号静海荘を外国人登録上の居住地として登録し、これとは別に仕事用に東京にも部屋を借り、家賃についてもそれぞれ二万円及び三万六〇〇〇円を自ら支払っていること、原告は岩手県と東京の間で移動を行っているが、それには相応の費用を要することなどからみれば、仮に、原告が主張するように面会の度に本国から来日することになったとしても、それほどの経済的不都合は生じないと考えられる。また、原告の姉もパキスタンから個人的に来日する程の経済力を有していることからして、右貯金等からの捻出や原告の姉の援助による渡航も十分可能といえる。

明美との離婚後、原告は、面接交渉を求める調停事件を二回、右事件と併合して親権者変更を求める調停事件を一回東京家庭裁判所に申し立てているが、すべて原告が一回又は二回の面会を条件に取り下げを申し出、後に取り下げた経緯があること、及び過去の面接状況をみても、原告の面接交渉は時々短時間面会した程度のものにすぎないのであるから、原告の面接交渉権の行使は、面会の度に短期滞在の在留資格によって入国すれば十分可能な程度のものである。

なお、原告は、面接交渉に係る調停において、原告に在留資格がないことを理由に明美からあいとの面接を断られた経緯がある旨主張しているが、それは、原告が親権変更を求める調停申立事件も申し立ててきたことや過去における原告の言動等から、原告があいを連れ去ることを危惧した明美らが、原告との面会を断わるための口実にしたにすぎない。

(2) 原告は、あいとの面接交渉権を有し、別居後明美に対し毎月四万円を送金しており、これらは、それぞれあいの精神面の発達及び生活を支える上で必要不可欠なものとなっていることからすれば、原告については、人道的配慮から「定住者」への在留資格の変更が認められるべきである、また、原告が、パキスタンへ帰国した場合、最大でも毎月四〇〇〇円程度の送金しかできなくなり、結果として、本件不許可処分は、あいの養育を受ける権利を侵害することになるとして、本件不許可処分は違法である旨主張する。

しかしながら、原告の送金は、あいの親権者である明美にとって、原告が一方的に始めた、時期も金額も一定していないものであって、明美及びあいの生活を支えるに足りるようなものではないし、明美が働いて生計を立てていることから、原告による送金があいの生活を支える上で必要不可欠なものではない。なお、別居後の明美への送金は時期も金額も一定せず、昨年四月以降は毎月四万円位であるが、現在、パキスタンの家族への送金は毎月五万円位であること、婚姻中においては、明美に対しては生活費として毎日一〇〇〇円から二〇〇〇円しか渡していなかったのに対して、毎月六万円ないしは八万円程度を本国に送金していたことからみると、果たして原告が、自らの送金が明美及びあいにとって不可欠と考えているのか疑問である。

(3)ア 原告は、国際人権B規約一七条の精神に照らして、また、同規約二三条に基づく原告があいと面接交渉する権利及び同規約二四条に基づくあいの原告に会う権利を保障するためにも、原告には本件申請に係る在留資格が付与されるべきであり、本件不許可処分は国際人権B規約の右各規定に違反する旨主張する。

しかし、国際慣習法上、外国人の入国の許否等は当該国家が自由に決しうるものであり、憲法上も、外国人は我が国に入国する自由を保障されているものではないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもない。また、国際人権B規約一三条は、「合法的にこの規約の締約国の領域内にいる外国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追放することができる。」旨規定している。したがって、仮に原告の主張する国際人権B規約の各規定に基づき原告のあいに対する面接交渉権が保障されているとしても、それは本邦に在留することを認められる限りにおいて保障されているにすぎないというべきである。

また、仮に、国際人権B規約二四条により、あいが父親と面接する権利が保障されるとしても、同条の規定する権利はあいの権利であり、前記の国際慣習法及び国際人権B規約一三条の規定からすれば、右権利が保障されていることから直ちに、原告の本邦に在留する権利が導かれるものでもない。

イ 原告は、規約人権委員会の一般的意見(平成二年六月二四日採択)によれば、原告は明美と同様に子に対し必要な措置を講じる平等の権利を持っており、この権利を実現するために日本に滞在することは不可欠であるとし、右権利を実現するために日本に滞在するか本国に帰国するかは原告の判断に任せられるべき事柄であり、被告がその裁量により決定できる問題ではないというべきである旨主張する。

しかしながら、そもそも、右の一般的意見は、国際人権B規約の有権的解釈を示すものでも、ましてや、法的拘束力を有するものでもない。また、仮に子に対し必要な措置を講じる権利が原告に保障されているとしても、国際慣習法及び国際人権B規約一三条の規定からすれば、それは、本邦に在留することを認められる限りにおいて保障されているにすぎないというべきである。したがって、右の一般的意見により、外国人親が子に対して必要な措置を講じる権利を実現するために本邦に在留する権利を保障されているとはいえない。

そして、外国人が本邦に在留することができるか否かを我が国が自由に決しうるものであることは、前記(一)で述べたところから明らかである。

第三当裁判所の判断

一  「定住者」への在留資格の変更と被告の裁量

1  在留資格の変更と被告の裁量

(一) 国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約ないし取決めがない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは、当該国家が自由にこれを決することができるものと解されており、我が国の憲法上も、外国人は、本邦に入国する自由を保障されるものでないことはもとより、在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものではない。

(二) 法は、外国人の入国及び在留に関する右のような考え方を前提とした上で、外国人が本邦で在留中に従事する活動又は在留中の活動の基礎となる身分若しくは地位に着目してこれを類型化し、各種の在留資格を定め、本法に在留する外国人は、該当する在留資格をもって在留するものとし(法二条の二第一項)、また、右在留資格として定められた活動又は身分若しくは地位を有する者としての活動を認めることとし(法二条の二第二項)、さらに、その在留は、原則として該当する在留資格に対応して定められる在留期間に限ってこれを認めることとしている(同条三項参照)。そして、法は、在留資格の変更を受けようとする外国人は、被告に対し在留資格の変更を申請しなければならないものとし(法二〇条二項)、右申請があった場合には、被告は、当該外国人が提出した文書により在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当な理由があるときに限り、これを許可することができるものとしている(同条三項)。右規定による在留資格の変更は、在留中の外国人が在留目的を変更して新たな在留資格を取得するものであるから、右変更が認められるためには、当該外国人が新たに取得することを希望する在留資格についての在留資格該当性があることが当然に要求されるものであり、加えて、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当な理由があることが要求されるものと解される。

法において、在留資格の変更の要件が概括的に定められ、その判断基準が定められていないのは、右変更を認めるかどうかの判断を被告の裁量に任せ、その裁量権の範囲を広範なものとする趣旨に基づくものと解される。すなわち、被告は、在留資格の変更の許否を決するに当たっては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良な風俗の維持、保健衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立って、その申請理由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情を総合勘案し、的確な判断をすることが求められるのであるが、そのような判断は、事柄の性質上、国内及び国外の情勢ついて通暁し、出入国管理行改の責任を負う被告の裁量に任せるのでなければ、到底適切な結果を期待することができないと考えられるところから、法は、在留資格の更新(編注「更新」は「変更」の誤りか)の許否の判断を被告の広範な裁量にゆだねているものと解されるのである。

2  「定住者」の在留資格について

(一) 法が、外国人が本邦で在留中に従事する活動又は在留中の活動の基礎となる身分若しくは地位に着目してこれを類型化し、各種の在留資格を定めていることは前示のとおりであるが、法別表第二の上欄に記載の「定住者」の在留資格の基礎となる身分又は地位については、同表の下欄に「法務大臣が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」と規定されている。

法が、「定住者」という在留資格を設けた趣旨についてみるに、社会生活上、外国人が我が国において有する身分又は地位は多種多様であり、法別表第二の「永住者」、「日本人の配偶者等」及び「永住者の配偶者等」の各在留資格の下欄に掲げられている類型の身分又は地位のいずれにも該当しない身分又は地位を有する者としての活動を行おうとする外国人に対し、人道上の理由その他特別な事情を考慮し、その居住を認めることが必要となる場合があり、また、我が国の社会、経済等の情勢の変化により、これらの在留資格の項の下欄に掲げられている類型の身分又は地位のいずれにも該当しない身分又は地位を有する者としての活動を行う外国人の居住を認める必要が生じる場合もあると考えられるところから、このような場合に臨機に対応できるようにするため、法は、別表第二の表の中に「定住者」の在留資格を設け、法別表第二の「永住者」、「日本人の配偶者等」及び「永住者の配偶者等」の項の下欄に掲げられている類型のいずれにも該当しない身分又は地位を有する者としての活動を行うため入国・在留しようとする外国人を一定の範囲で受け入れることができるようにしたものと解される。

したがって、「特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定し居住を認める」かどうか、すなわち「定住者」の在留資格を認めるかどうかについては、「定住者」という在留資格が設けられた趣旨を踏まえて、前記1記載の諸般の事情を総合して的確な判断がされるべく、被告の広範な裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。

(二) ところで、本邦に上陸しようとする外国人が上陸申請をしたときには、入国審査官は、当該外国人が、申請に係る本邦において行おうとする活動が虚偽のものではなく、法別表第一の下欄に掲げる活動又は別表第二の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動のいずれかに該当すること等、法七条一項各号に掲げる上陸のための条件に適合しているかどうかを審査すべきものとされているところ、右の場合、「定住者」の項の下欄に掲げる地位については、被告があらかじめ告示をもって定めるものに限られるものとされている(法七条一項二号)。したがって、「定住者」の在留資格をもって本邦に上陸しようとする外国人がした上陸申請については、入国審査官は、当該外国人が、被告があらかじめ告示をもって定める地位を有する者としての活動を行おうとする者かどうかを審査し、その条件に適合している場合に限り、上陸許可の証印を行うことができるものである(法九条一項)。

本件告示の内容は別紙一〈略〉のとおりであるところ、法は、入国審査官に上陸申請についての許否の権限を付与していることにかんがみ、被告が、特別な理由を考慮して上陸を認めるべき外国人を類型化が可能な限り網羅するようにあらかじめ告示をもって定めるものとし、入国審査官による在留資格の有無の認定が適正、かつ簡易迅速に行われることを期しているものと解され、したがって、本件告示の内容は、法別表第二の「定住者」の項の下欄に掲げる地位を有すると認めるべき類型の外国人を網羅的に列挙したものであり、被告の裁量的判断を具体化したものということができる。

(三) そこで、在留資格の変吏の場合についてみるに、本件告示は、直接的には上陸申請の場合の原則的な許否の要件を定めているものであり、在留資格の変更許否の要件を定めるものではない。しかしながら、本邦に在留する外国人は、法及び他の法律に特別の規定がある場合を除き、それぞれ、当該外国人に対する上陸許可若しくは当該外国人の取得に係る在留資格又はそれらの変更に係る在留資格をもって在留するものとされているところ(法二条の二第一項)、上陸許可も在留許可もいずれも外国人の出入国の管理に係る事項であって密接な関係にあり、上陸申請において許可される場合と在留資格の変更申請において許可される場合とがあまりに整合性を欠くことは、外国人の出入国ないし在留全般を公正に管理するという本来の法の目的(法一条)にも抵触しかねず、また、本邦における外国人の地位を極めて不安定にするなどの点で適当ではないことに加え、本件告示の前記のような性質を考慮すれば、右在留資格の変更申請の許否の判断においても、本件告示の内容・趣旨は十分に尊重されなければならないというべきである。

右の観点に前記の本件告示の性質及び法が「定住者」という在留資格を設けた趣旨を併せ考えれば、本件告示に適合しない者は、原則として、「被告が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」、すなわち「定住者」の在留資格には該当しないものとするのが相当であるが、当該外国人が本件告示に適合しない場合でも、本件告示に類型化して列挙された外国人の場合と同視し、あるいはこれに準じるものと考えられる人道上の理由その他の特別の事情があることから、一定の在留期間を定めて居住を認めるのを相当とする場合はあり得るというべきである。そして、前記の説示から明らかなとおり、右のような特別の事情があることを考慮して「定住者」の在留資格該当性を認めるか否かの判断については、法は、被告の広範な裁量にゆだねているものというべきである。

なお、原告は、上陸許可の場合は、「我が国に入国する以前の場合で我が国において何らの生活の拠点を持たない者が定住者として在留を許可することが妥当か」という観点から「定住者」の在留資格の有無を判断するのに対し、在留資格変更の場合については、「既に本邦に在留し、一定の社会文化活動をし、その社会生活の中で定住者と認められるべきか」という観点から判断されるのであるから、両者における「定住者」の概念、「定住者」の在留資格該当性についての認定の可否が違ってくることは当然のことである旨主張する。確かに、当該外国人の職業、経歴、我が国における生活歴その他の我が国とのかかわり合い等いかんにより、右の特別の事情があるかどうかの判断の基礎として考慮すべき事情に違いが生じてくることは当然であるが、しかし、「定住者」の在留資格に該当するかどうかは、当該外国人が本件告示に適合するか否か、適合しない場合には、右のような特別の事情があるといえるかどうかにかかるのであって、両者の場合に「定住者」の概念を区別して解すべき根拠はない。原告の右主張のうち先に示した解釈に反する部分は、たやすく採用することができない。

「特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める」かどうかについての判断に係る被告の裁量の前記のような性質からすれば、本件告示に適合しない外国人について「定住者」の在留資格該当性を認めない旨の、すなれち右の特別の事情が認められない旨の被告の判断が、被告に与えられた裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となるのは、右判断が全くの事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限られるというべきである。

二  本件不許可処分の適否について

1  そこで、右一で説示した見地に立って本件不許可処分の適否についてみるのに、原告の地位が、本件告示に定める地位のいずれにも該当しないことは明らかであるところ、〈証拠略〉によれば、被告は、前記第二の三2(被告の主張)(三)記載の事情を考慮して、原告について、「定住者」の在留資格該当性を認めるべき前記一記載の特別の事情は認められない旨の判断をしたものと認められる。そこで、被告の判断が、全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかといえるかどうかについて、以下検討する。

前記第二の二記載の前提となる事実に〈証拠略〉を合わせると、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 原告は、平成三年六月五日、明美との婚姻届を小平市長に提出して婚姻した。当時、原告は在留期間の満了日(昭和六三年一二月一三日)を過ぎて本邦に不法に残留していたところ、平成三年七月二六日、東京入管に出頭し、不法に残留している旨を申告したため、同入管において、原告について法二四条四号ロ該当容疑で退去強制手続が開始され、同年八月二日、東京入管主任審査官は、原告に対し退令を発付し、原告は、同月六日、退令の執行を受け、新東京国際空港からパキスタンに送還された。また、明美も、同日、同空港から出国した。

原告及び明美はパキスタンのカラチで原告の両親及び妹と二か月ほど一緒に暮らし、その後イラン(テヘラン及びヤズド)に行き、原告の叔父のところで一緒に暮らしていたが、明美が原告との間の子を妊娠したため、同人は、平成三年一二月一九日帰国し、平成四年五月二三日、東京都新宿区において長女アニータ(平成八年一二月三日、戸籍法一〇七条の二に基づき、家庭裁判所により「アニータ」から「あい」への名の変更が許可された。)を出産した。

(二) 原告は、平成四年七月一一日、新東京国際空港に到着し、東京入管成田支局入国審査官に対し、明美及びあいと本邦において生活するためとして上陸申請をしたが、法五条一項九号(本邦からの退去を強制された者で退去した日から一年を経過していないもの)に該当することから口頭審理に付された。同局特別審理官は、同日、法七条一項四号に定める上陸のための条件に適合しない旨の認定をし、原告に対しその旨を通知した。原告は、右特別審理官の認定に服さず、被告に対し異議の申出をしたところ、被告は、在留資格を「日本人の配偶者等」、在留期間を六月とする上陸特別許可をし、これにより原告は本邦に上陸した。原告は、以後五回にわたって右在留資格のまま在留期間の更新許可を受けた(最終在留期限平成八年七月一一日)。

(三) 原告、明美及びあいは、東京都新宿区大久保二丁目二六番五号所在の明美の両親の家に同居し、その後、平成三年一一月ころ、東京都小平市小川西町五―三四―一三に家を借りて住むようになった。

原告は、エアコンの工事、産業廃棄物処理の運転手等をして働き、産業廃棄物処理の運転手や段ボール回収の仕事をしているときは手取りで月約三一万円の収入を得ていた。原告は、明美に対し、小遣いとして月五万円程度渡していたが、生活費としては一日当たり一〇〇〇円から二〇〇〇円程度しか渡さなかった。他方、パキスタンに住む両親に対し、時々送金をしており、その金額は、月に六万円ないし八万円のときもあった。

原告は、文化や生活習慣の違い等から、明美との意思疎通を十分にとることができなかった。また、日本での生活に慣れないこともあり、感情の起伏が激しく、仕事がなく、また仕事がうまくいかないこと等により機嫌が悪くなると、極端に口数が少なくなり、明美に対し陰険な態度をとることが多く、また、明美に対し、冗談とも本気ともつかない調子で、「ポルキー(ウルドゥー語で怠け者という意味)」とか「お前は何故働かない。」、「金がない女はいらない。」などと言った。明美は、原告のこのような発言、機嫌の悪いときには口を全くきかなくなるなどの陰険な態度に嫌気がさし、平成六年七月にあいを連れて明美の実家に移り、原告とは別居状態となった。離婚後は、明美は働きながら独立した生計を営み、あいを監護・養育している。

(四) 明美は、平成六年八月一六日、東京地方裁判所に対し、原告との離婚を求める訴訟を提起したが、調停前置主義に反することから調停に付され、東京家庭裁判所において、明美と原告の夫婦関係調整調停申立事件(平成六年(家イ)第六四五九号)として調停が行われた。しかし、右調停は不調に終わった。一方、原告は、明美を相手方として、東京家庭裁判所に、子との面接交渉に関する調停を申し立てた(平成七年(家イ)第八二一号事件として係属)。そして、平成七年七月一一日の調停期日において、両者間に、本件調停条項が成立した。

(五) 平成七年一二月二五日、東京地方裁判所において、右離婚請求事件(東京地裁平成六年(タ)第五〇一号)について、「明美と原告とを離婚する、明美と原告との間の長女あいの親権者を明美と定める」旨の判決が出された。右判決は、平成八年一月二〇日に確定した。

(六) 原告は、本件調停条項に基づき、あいと一〇回程度新宿御苑において面接交渉を行ったが、平成八年三月ころの面接交渉を最後に、明美があいを原告に会わせるのを拒んだため、本件調停条項に沿った月に一回の定期的な面接交渉は行われなくなった。そこで、原告は、本件調停条項に基づきあいとの面接交渉を行うこと等を求める調停を申し立てた。右調停申立事件の第二回調停期日において、明美の代理人である大西英敏弁護士は、原告に対し、原告は適法な在留資格がないからあいと会わせることができない旨述べた。第三回調停期日において、原告は、あいと面会できれば面接交渉を求める調停の申立てを取り下げる旨述べたため、第四回調停期日において、明美は、あいと原告を東京家庭裁判所において面会させた。その結果、平成九年一月三〇日、原告は右調停の申立てを取り下げた。

(七) その後、原告は、再度、あいとの面接交渉を求めて調停を申し立てたが、その第二回調停期日(平成一〇年四月二七日)において、原告の代理人が、二回だけ裁判所であいと面接をさせてくれれば当該調停の申立てを取り下げる旨述べたため、明美は、第三回調停期日(同年六月一七日)、第四回調停期日(同年八月三日)に、それぞれ東京家庭裁判所においてあいと原告とを面接させた。その結果、同年八月三日、原告は右調停の申立てを取り下げた。

(八) 原告は、明美と別居した後の平成六年一〇月二五日に六万五〇〇〇円を送金したのを始めとして、別紙二(〈略〉)記載のとおり、月に一回程度、一万四〇〇〇円から九万一五〇〇円、平成七年以降は概ね三万円から四万円程度を、あいの養育費として、明美に対し送金している。右送金は、原告が自発的に始めたもので、その金額、支払時期等について原告と明美との間で約束等はされていない。原告は、当初、銀行振込あるいは現金書留の方法により送金していたが、平成七年四月二七日の送金以降は、明美の銀行口座に振り込むことにより送金している。現在、右送金について、明美から原告に対し、苦情などは申し立てられていない。

(九) 他方、原告は、パキスタンにいる原告の家族に対し、一か月に一回、場合によっては二か月に一回、五万円程度を送金している。

(一〇) 原告は、「AQZモーターズ」という中古車販売会社でアルバイトとして働き、一か月に約三五万円の収入を得ている。右会社の事務所は神奈川県川崎市にあるため、原告は、肩書地に所在の部屋を借り、家賃として月に三万六〇〇〇円を支払っているほか、右中古車販売の業務上の都合で、外国人登録上の住所地である岩手県宮古市磯鶏西四番一八―一〇二号静海荘にも日本人の友人の名義で部屋を借りており、家賃として月に二万円を払っている。原告は、現在、日本において約一〇〇万円程度の預金を有している。

2  右認定の事実を基に検討するに、以下に述べる事情からすれば、原告について、本件告示に類型化して列挙された外国人の場合と同視し、あるいはこれに準じて考えられるような人道上の理由その他の特別の事情が認められないとした被告の判断が、全くの事実の基礎を欠くとか、社会通念上著しく妥当を欠くことが明らかであるとは認められないというべきである。

(一) 前記1の認定事実によれば、原告の娘であるあいを監護・養育しているのは、原告ではなく、あいの親権者である明美であるところ、明美にあいを扶養する能力、適格性を疑わせる事情はなく、他に、親権のない原告が、親権者である明美に代わってあいを監護・養育しなければならないことをうかがわせる事情は何ら認められない。また、原告の明美に対する養育費の送金は、その金額及び支払時期が一定せず、原告が自発的に始めたものであり、現在明美が働いてあいを育てていることから、右送金は、あいの養育のために有益ではあっても必要不可欠なものであるとまでは直ちにはいえないし、他に、原告に「定住者」の在留資格を与えないことが、あいが我が国で生活する権利を全く奪うことになると認めるに足りる証拠はない。

(二) 原告とあいとの面接交渉については、原告と明美との面接交渉に関する調停申立事件の調停期日において、両者間に、明美が原告に対し、当分の間、あいと月一回一時間程度の面接を行うこと認める旨が合意されたにすぎず、その後、原告はあいと新宿御苑や東京家庭裁判所において既に合計十数回程度面接をしたという経過があるものの、本件調停条項が、今後、原告が長期にわたり継続的にあいと面接交渉をすることまでを認める趣旨のものとは認め難い。

原告は、パキスタンと日本との往復の渡航費用は一〇万円以上であり、本件不許可処分に従って一旦帰国すると、原告がどんなに努力しても来日するのはせいぜい数年に一度程度しか望めない結果になるのであり、本件不許可処分は、原告のあいとの面接交渉権を事実上侵害するものであり、著しく不当である旨主張する。

しかしながら、面接交渉権とは、親権者又は監護者としての立場にない親が、その子と個人的に面接したり文通したりして交渉する権利であり、その権利の行使は、子の福祉の観点から、親権者、監護者の立場にある親との協議に基づき円滑に行われるべきものというべきところ、原告とあいの親権者である明美との間の面接交渉に関する本件調停条項は右認定のとおり暫定的なものでしかない。また、国際慣習法上、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは、当該国家が自由にこれを決することができるものと解されており、我が国の憲法上も、外国人は、本邦に入国する自由を保障されるものでないことはもとより、在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものではないことは前示のとおりであり、したがって、外国人親が日本人として我が国に居住するその子供と面接交渉する権利が、当該外国人が我が国に在留する資格を失って本国へ帰国しなければならないなどの事情から一定の制約を受けることはやむを得ないことというべきである。

しかも、本件不許可処分により帰国を余儀なくされた場合においても、原告は、新たに「短期滞在」の在留資格を付与されて入国することが可能であり、何ら本件不許可処分が原告のあいとの面接交渉権自体を侵害することにはならない。また、原告の本国であるパキスタンと日本の間の往復の渡航費用が一〇万円以上かかるかどうかはともかく、原告が面接交渉権を行使するため、渡航費用にある程度の制約が生じるとしても、やむを得ないものというべきところ、前記1の認定事実によれば、原告は、現在行っている中古車販売業の仕事でそれなりの収入を得ていて、一〇〇万円位の貯金もあること、現在、原告は、岩手県宮古市磯鶏西四番一八―一〇二号静海荘を外国人登録上の居住地として登録し、これとは別に仕事用に東京にも部屋を借り、家賃についてもそれぞれ二万円及び三万六〇〇〇円を自ら支払っていること、原告は岩手県と東京の間の移動のために相当の旅費を費やしているものと推認されることからすれば、仮に、原告が主張するように面会の度に本国から来日することになったとしても、原告が主張するほどに経済的な不都合が生じるとは考えにくい。また、原告のあいとの過去の面接状況をみても、原告の面接交渉は時々短時間面会した程度のものにすぎないのであるから、原告の面接交渉権の行使は、面会の度に短期滞在の在留資格によって入国すれば十分可能な程度のものと認められる。

(三) 原告は、本件不許可処分時において、前回の入国と今回の入国とを併せ、通算して約八年間の本邦在留歴を有しているが、そのうち前回入国した昭和六三年一二月一三日から平成三年八月六日までの二年八月余りの間は、不法就労目的で居座り、不法残留していたものである。また、原告は、平成四年七月一一日に再び入国してから、明美と我が国において婚姻生活を営んでいたものであるが、その期間は別居に至る平成六年七月までの約二年間にすぎない。原告は、一九七二年(昭和四七年)生まれの成人であり、パキスタンには、両親や兄弟等がおり(前記第二の二1)、帰国したとしても母国での生活に特段の支障があるとは認められない。

3  原告は、定住者の概念は必ずしも一定なものではなく、その時代の要請に応じて徐々にその範囲が拡大していく傾向にあるところ、日本人と結婚した後、離婚して、日本人の子供を扶養している外国人親については、被告はほとんど例外なく「定住者」の在留資格を認めているのであって、実務においては新たに「定住者」の在留資格を認める一つの類型として追加され、この範囲で行政庁の裁量権は収縮した(ゼロ裁量)と考えることができるとした上、親子を離ればなれにさせないという人道的な見地からみれば、日本人の子供を養育している外国人の母親の場合と、本件のように日本人と結婚した後離婚し、親権を有する日本人が養育している子供に養育費を送ることによって一定の範囲で現実の養育義務を果たしている外国人の場合とでは径庭がないから、親権を有しない父親が子供の監護・養育に関与する場合にも「定住者」の在留資格を与えるべきである旨主張する。

この点、〈証拠略〉によれば、現在の入国管理の実務においては、未成年かつ未婚の日本人の実子を扶養するために本邦での在留を希望する外国人親で、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当しないものについては、その親子関係があり、当該外国人親が当該実子の親権者になっており、現実に相当期間当該実子をみずから監護・養育している場合には、当該外国人親から在留資格変更申請がなされたならば、原則として「定住者」の在留資格への在留資格変更が許可されることになるという取扱い(以下「本件取扱い」という。)が行われていることが認められる。

しかしながら、〈証拠略〉によれば、本件取扱いがされるのは、仮に外国人親が日本人配偶者と離婚又は死別し、そのために本国への帰国を余儀なくされた場合、親子は離ればなれになるし、それまで外国人親に監護・養育されていた日本人実子は、外国人親が本国に帰国すると、残されて一人で本邦で生活することが困難となり、結局は親と一緒に親の本国に行かざるを得ないことになるのであって、このような事態は日本において教育を受け生活していくことを望む子供の利益に反することから、日本人の実子としての身分関係を有する子供が我が国で安定した生活を営むことができるようにするため、外国人親が現実に日本人の実子を親権者として監護・養育しているという事実が認められる場合には、このことを評価し、その外国人の在留について一層の配慮をしようとの趣旨によるものであることが認められる。

右のとおり、本件取扱いは、外国人親の在留を認めることが、本邦で引き続いて生活しようとする日本人実子の利益にかなうという考慮に基づくものであるところ、日本人実子が日本人の親によって監護・養育されている場合には、当該日本人実子は本邦において安定した生活を営むことができるのであるから、外国人親について、本件取扱いのような特別の配慮をする必要はないというべきである。

もっとも、外国人親と日本人実子とが離ればなれにならないようにとの人道的な見地からの配慮が要請される場合もあろうが、外国人親が親権を有せず現実に監護・養育していない場合においては、日本人実子とのかかわり合いの程度は、外国人親が親権を有し現実に監護・養育している場合とは大きく異なるのである。そして、前記一1で説示したとおり、外国人は、憲法上、本邦に在留する権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものではなく、外国人の本邦への上陸、在留を認めるか否かについては、国際慣習法上、主権国家の広範な裁量により決し得るところであり、外国人に対する出入国や在留の管理は、国内の治安や保健・衛生の維持、確保、労働市場の安定等の国益保持のための政策的見地から、国際情勢や外交関係等についての政治的配慮をした上で判断されるものであること、父母の一方若しくは双方又は児童の退去強制の措置に基づき、父母と児童とが分離されることのあることを国際法は予定していること(児童の権利に関する条約九条四項参照)からすれば、外国人親が日本国籍を有する子供と面接するなどしてその監護・養育に関与する法的地位は、当該外国人の本邦における在留が認められる枠内において保護されるものにすぎないというべきであり、親権を有しない外国人親がその子供の監護・養育への関与を希望するからといって、直ちに「定住者」の在留資格を与えるべきとするのは妥当ではない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

三  なお、前記第二の二5記載のとおり、原告は、本件申請書の「希望する在留資格」欄(16欄)に、「SPOUSE OR CHILD OF PERMANENT RESIDENCE/LONGTERM RESIDENCE」(永住者の配偶者等/定住者)と記載して、本件申請をしたものであるが、法別表第二によれば、「永住者の配偶者等」の在留資格を付与されるためには、「永住者の在留資格をもって在留する者若しくは平和条約国籍離脱者等入管特例法に定める特別永住者の配偶者又は永住者等の子として本邦で出生しその後引き続き本邦に在留している者」であることを要するものである。しかるに、本件に現われた全証拠によっても、原告がこのような者に該当することを認めることはできないから、原告につき、「永住者の配偶者等」の在留資格該当性を認めることはできない(この点については、原告も明らかに争わない。)。

四  原告は、国際人権B規約一七条の精神に照らして、また、同規約二三条に基づく原告があいと面接交渉する権利及び同規約二四条に基づくあいの原告に会う権利を保障するために、原告には本件申請に係る在留資格が付与されるべきであり、本件不許可処分は国際人権B規約の右各規定に違反する旨主張する。

しかしながら、外国人を自国内に受け入れるかどうか、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは、国際慣習法上、当該国家が自由にこれを決することができるというのが原則であるところ、右各規定は、右国際慣習法上の原則を当然の前提とし、その原則を基本的に変更するものとは解されない上(同規約一三条一項参照。同項は、「合法的にこの規約の締結国の領域内にいる外国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追放することができる。」と定めており、外国人について、法律に基づいて退去強制手続きをとることを容認している。)、その文言上、外国人の在留の権利については何ら触れるところがないことからすれば、右各規定により外国人親とその子供の面接交渉権が保障されているとしても、それは、当該外国人が本邦に在留する限りにおいて保障されているにすぎないというべきであり、右各規定を根拠に、外国人がその子供との面接交渉権等の権利を行使するため本邦に在留する権利が保障されているものと解することは到底できない。

また、本件不許可処分は、右国際慣習法上の原則に立って立法された法に基づきされた、外国人である原告からの在留資格変更申請に対する不許可処分にすぎず、原告とその子供であるあいとの結合に対する直接的な干渉には当たらないものである。

なお、原告は、規約人権委員会の一般的意見に基づいて種々主張するが、右一般的意見は我が国において法的拘束力を有するものではない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

五  以上検討したとおり、本件不許可処分につき、被告に与えられた裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったとか、国際人権B規約二三条等違反があったとはいえないから、本件不許可処分を違法とすることはできない。

六  結論

以上の次第で、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 青柳馨 増田稔 篠田賢治)

別紙一〈略〉

別紙二〈略〉

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